あの女(ひと)の器

セクシュアリティとか、ジェンダーとか

Q&A 性自認は女ですが女らしく出来ません

Q.質問というか、相談です…

私自身の話になってしまうのですが、性自認は女、しかし女の子らしい服装を着るというただそれだけの行為がすごい嫌悪感。

アイデンティティの問題だとは思うんですけど、こういうのはなんと言うんでしょう?
不足した情報ありましたら、教えてください。
 
A.性別違和や、トランスの過程で自分のアイデンティティと自分の振る舞いがうまくフィットしないということはよくあること。性自認が女性でも、もし、女性らしくすることに抵抗感があるなら、無理に女性らしくする必要はないのではないでしょうか。
 
ひばりんです。
 
性別違和があまりにひどかったり、とにかく性的なものが嫌いだとか、性別の役割(いわゆる「らしさ」みたいなもの)が苦手だとか、女装するとオカマっぽくなってしまうからそれが嫌だとか、自信がないのを自分で誤魔化しているとか、様々な理由が考えられます。あと、服装に限った話なのか、服装も含め全般的に言って女性らしくすることが嫌なのか、どこまでが良くて、どこまでが苦手でしょうか。
「女だけど女らしくしたくない」というのは、一般の女性にもあることです。
 
中性的な恰好をして、Twitterでは性別の開放をうたったり、病理概念であるGIDを批判したり、つまり「制度」に反抗しているある当事者の子がいました。
しかし、数年後、その子はちゃんとメイクをして、女っぽくなっていました。(ああ、出来なかっただけで、内心は女らしくしたかったのかな?)なんて思いました。
 
またある別の子は、GIDである前にいわゆる発達障害でした。コミュニケーションのあり方が人と違いました。背格好も大きく、性別を変えて社会に適合するなど到底無理に見えました。ところが、数年後、その子は別人になりました。
何が人を変えてしまうのか判らないものです。
性別違和を訴える人の中には、本当は性別違和ではなく、環境に適合するために性別を変えるという手段を選んでいる人も一定数います。かといって、その人がトランスすべきでないかどうかは誰にも判りません。
 
性別違和や、トランスの過程で自分のアイデンティティと自分の振る舞いがうまくフィットしないということはよくあることで、それ自体は珍しいことではありません。
それは人それぞれ様々な理由から起こり、様々な形をとってその人の行動や思考パターンに現れるものです。
 
性自認が女性だとしても、もし、女性らしくすることに抵抗感があるなら、無理に女性らしくする必要はないのではないでしょうか。
人は出来ない事に様々な理由を探し辻褄を合わせるものです。それも成長の過程においては大事なことで、そうしないと人は自分を責め続け、心が壊れてしまうでしょう。
しかし、だから、自分が本当に望んでいることに自分で気付くことは非常に難しいことですね。
今の自分の様子からすぐに自分はこうだと結論を出さないようにしましょう。とりあえず、分からないことは分からないままでいいです。
自分が本当はどうしたいのか知る必要があります。でも、それにはゆっくり時間をかけましょう。
 
 ※セクシュアリティやトランスの質問、悩みを受け付けます。Twitterなど通じて、お気軽にお尋ね下さい。

コロッケを買って帰る頃

いつも行くスーパーで顔馴染となったレジ打ちのおばちゃんに「あら?喉どうしたの?」って尋ねられた。
「うん、ちょっと出来物ができちゃって」と苦笑して誤魔化した。
一週間ほど前、喉の手術をしていた。自分の男っぽい声が嫌だったからだ。高い声も出せるけど、テレビのオネエキャラみたいな声になってないかいつも不安だった。

私はどちらかと言うと埋没していたい派のトランスジェンダーだ。出来れば目立ちたくないし、隠れて生きて生きたい、世を忍んで生きて行きたい思っている。
思っているけど、現実にはそうもいかなくて、否応なく目立ってしまうのが私だった。人と何かワンテンポ狂ってる、周囲から浮いてしまう。それが現実の私だった。
例えば、周りは小人のようなじっちゃん、ばっちゃんの地元のスーパーに行くと私の存在は、まるでリリパット国に降り立ったガリバーであり、でかい槍がぶすっと突き刺さった黒き月のリリスであり、ウォールマリアの壁を蹴り飛ばした巨…、とにかく私がただそこにいるだけで否応なく目立つ存在であることは判っていただけると思う。
私はスーパーやコンビニにはすっぴんでジャージといった、ラフというより、女装とか性の多様性とかLGBTとかトランスジェンダーとか、そういったことについて全て放棄した、だらしない格好で行くこともあった。
しかし、自分も客商売の店員をしているから判るけど、大抵の「店員」というのは、相当な風貌と素行でない限り、心に思っても顔には出さないものだ。きっと私がリンローンとチャイムを鳴らして店から出て行った後、あの人たちは私をネタに大笑いしているのだろうと思うと同時に、いやお前なんかどんだけ汚らしい格好をしていても誰も気にやしていない、それは自意識過剰というものだともう一人の自分が自分を嘲笑ったりとか、そんなこんなが自分の日常である。

そんな中、レジのおばちゃんは私を見かけるとちょっと特別気を使ってくれて、例えば食材をバスケットの中に入れたままにしないで、わざわざ袋の中に入れてくれたりとか(それも固い物は下にして、柔らかい壊れやすいものを上にして、それはそれは上手に袋の中に積み上げるのだった。「マイバッグ」を使わない客には、ビニール袋の袋の口を開ける作業ですら店員には手間なのだが)、痛んだ食材を見つけると替えてくれたりとか、何か私に親切なのだった。
おばちゃんにしてみれば、私は、田舎には珍しい、背が高くてちょっと男っぽい風変わりな人…ぐらいに見えているのだろう。
さすがに「男」だとか「オカマ」だとは思っていないようだった。そう言えばおばちゃんもやや身体の大きい人のようには見える。何か身体的な特徴を持つ者同士の奇妙なシンパシーを感じないわけでもないけど、たぶんこれは私の考えすぎだと思う。

「喉に出来物が出来て切ったんだ」と言う私の声はまだ安定していなくて、自分でも驚く程にそれは「蚊の鳴くような声」だった。我が家は森や小川の近くにあって、蚊がよく家の中に飛んで来る。冬になっても暖かい日が続くと奴を見かけるほどだ。それにしても「蚊が鳴く声」というのは私も未だかつて聞いたことがない。つまり「例えば蚊が鳴くほどに小さい声」ということなのだが、本当に蚊がしゃべったらきっとこんな声なのだろうというほど、それは弱々しく、悲しく、切ない、孤独な自分の声だった。

おばちゃんは私の声の様子から察して「まあ、それは大変だったわね。私の孫もちょうど喉が悪くて手術を考えているけど、あれは大変ね。今、先生を選んでいるところよ」と言うのだった。
私は「危ない…」となんとか呟いてそれが精いっぱいだった。
「うん。うん。そうねえ、そうねえ…」とおばちゃんは頷きながら、食材をビニール袋に綺麗に並べていた。

こんな時だった、私が無性にカムアウトしたいと思う時は。そしてなんだか泣きたいような、誰かに抱き付きたいような無残な気持ちになるのだった。

私は元来、隠れて生きて行きたい派だ。出れば目立ちたくないし、世を忍んで生きて行きたい異星人であり、名前のない怪物である。そんな私も人に自分のことを打ち明けてみたい時が時々、稀にあるのだが、そんな時は、LGBT的なアレで、理解して欲しいとか、何か権利を訴えたいとか、そういうわけでは全くなくて、「ただこの人に言いたい」という時なのだった。それはなんて言うか「その人が単に好きだから」という感情に近いものだった。
でも、なんだろ?そういうことを思いつく時って突然訪れるし、まずそれに相応しいシチュエーションでないし。それでカムアウトしたいと思っても、まず「有り得ない」話なのだ。おばちゃんは私が男だと知っても別に驚いたりは…しないと思うけど。いや、この場合、性の多様性的にはそのおばちゃんがあろうことかトランスジェンダーだったというオチもないわけではないけどね(いや、それはない)。
それにカムアウトはやっぱり自分の生きる理念に反する。

スーパーからの帰り道、住宅街を抜ける緩いカーブの坂道を歩きながら思う。
例えば仕事帰りにスーパーでコロッケとかお惣菜を買って家に帰ること。それが私の望んだ生活でありセクシュアリティの世界だった。あるいは、それはスーパーのレジ打ちでもしているような女性になることだった。そういう女性として誰かを好きになりロマンを楽しむことだった。
でも、気付いたら、私は「魔女」になっていた。

おばちゃんが整理整頓して食材を入れてくれたビニール袋が夕日を浴びて揺れていた。私にはそれがとてもかけがえのないものに思えて仕方なかった。

麻姑仙女さんのこと~だったけどなぜか田中玲さん、そして昔のオペの話…

ちょっす。ひばりちゃんです。

えっと、声の手術やってきて、それはこちらにまとめときました。

t.co

一泊入院した後、大事をとって京都の知人がやってるゲストハウスに一泊したんですね。
その時に知人から'97の「現代思想」(「女」とは誰か)を見せて頂いて、それが当時のLGBT的な人たちの対談だったんです。
その中に「麻姑仙女」さんという方がいて、この方はTS(トランスセクシュアル)なんですが、逐一、自分的には腑に落ちることを言ってて「ああ、この頃からTSは今と全く変わらないことを言っていたのだなあ」と感心しました。
ちょっと今手元に資料がないので引用出来ません。

f:id:hibari_to_sora:20151007225835j:plain

ところで、

その「麻姑仙女」さんが気になってググってるうちになぜか田中玲さんの文章を読むことになってしまい、その中でちょっと気になった部分を紹介します。

田中玲「トランスジェンダー及び性同一性障害医療の現状」

FTMが手術をした場合、液がでて危ないからすぐに膣を閉鎖したらいけないのではないでしょうか」と。そしたら「そんなこと考えていませんでした」と言うんですよ。そのときは、すごい衝撃でした。その記憶だけ残っているくらいの衝撃で、日本の医療水準に驚いてしまったのです。

この時壇上にいたのはかの原科氏です。で、すごく単純な突っ込みを産婦人科医から受けたという場面です。それに衝撃を受ける田中さん。そして私も衝撃を受けるぅ。こんなことがあったんですね…。

実際に、私は埼玉医科大で失敗したという当事者の話をいっぱい聞いています。死にかけた当事者ももちろんいます。でもなぜ訴えないかというと、訴えたらその病院で診てもらえないし、通院が不可能になるからです。

だいたい手術に失敗した人って「失敗したことを語らない」わけですけど(自分が失敗した話なんて語りたくないですからね。常に成功者が成功したことを語るのです)、ですが、それ以上に、当時は失敗したと言いたくても言えない外圧がかかっていたということですね。
えっと、ヨシノユギさんの話は有名ですが、ヨシノさん自身、当時、相当仲間からバッシングを受けています。不正を指摘することに本当に勇気がいったことでしょうね。

t.co

性同一性障害治療では保険が効きませんので、「無理」と回答されました。だけど泌尿器科では保険で160万円返って来たそうです。つまり性同一性障害治療は全額自己負担しなければならないのです。

これですね。特にFtMはどれも「女性がなる病気」として手術を受ければ、保険が降りるし、熟練した医師もいるはずなのに…と私もTwitterで似たようなことを呟いたことがあります。

けっこう怖い話がいっぱいあって、岡山大の胸の手術は60万円らしいですけど、右胸と左胸を違う医者が担当して、片方は乳腺を取っているけど、片方は取っていないという人が、個人的に聞いただけでも3人はいます。さらに4人は血栓ができ、壊死して乳首が落ちた人もいます。その場合もう一回自己負担で手術です。医者の責任は追及されずに、再度60万いるんです。

などと怖い話がさらにさらに続きます。
またタイのアテンドも今でこそ安心して頼める業者が何件か出来ましたが、昔は本当に酷かった時期があったことも確かです(どことは言いませんが、どことは。けっこう今でも有名なとこです)。

ネットで検索したらすぐヒットします。なんでも簡単に請け負うんですけど、病院の滞在費を倍近く取り、入院前に危険だからといって現金とパスポートを渡すように言ってくるんです。

すごく怖いという。

「中核群」と呼ばれる人たち

で、さらに読み進んでいくと…

東京の方でいわゆる「中核群」と呼ばれる人たちがいて、中核群とはどういう人たちかというと、男は「自分は生まれたときから女やと思っていた」、女は「自分は生まれたときから男やと思っていた」と主張する人たちで、結婚するとか子どもを産むとか、そんなん考えられない。生殖機能もなくすのは当たり前、性器も変えるのが当たり前と言っている人たちです。

キタ。来ましたね。

ここで「東京の中核群と呼ばれる人たち」が具体的に誰なのか、走馬灯のようにその人らの顔が浮かんでは消えて行くのですが、それはさておき、来ましたね。TS批判が。お決まりのパターンですね。
この部分で田中さんが言ってる事って、今でも一部のセクマイが特例法批判でよく言うことです。TSへの批判ももはやお馴染みですね。

しかし、ざっと読んで、何に驚いたかと言うと「今と何も、何も状況が変わってない」ことです。変わったと言えばタイが当時より安全で利用しやすく、技術も格段に上がったことでしょうか。日本国内においては唖然とするほど何も変わってないです。
例えばこのくだり。

闇の医者でホルモン治療したんです。8年前かな。すごく簡単なんです。1回診察を受けて受付にいったら何本ですかと聞かれて、男性ホルモン1本ですと言うと、そのまま奥で打たれるから5分で済む。
性同一性障害という診断がいらなかったら別にジェンダークリニックに通わなくてもいいんですけどという感じです。

 被差別部落で生まれ育ったという人、同性愛者である人などは、ぱっと見て識別されることがありません。しかし、パス(望む性別の外見で周囲に受容されること)、リード(望む性別の外見で周囲に受容されないこと)という語が規範的意味合いをもって語られているように、トランスの場合は、ぱっと見られて違和感をもたれる 

これが'07年の末に行われた研究シンポジウムでの話です。特例法元年の3年後。この十年で性別を変えて生きる人を取り巻く環境が何か進んだかのように語る人がいますが、これを読む限り「別に何にも変わってない」ですよね。

なんだったんでしょうか、この十年間は…。

あ、麻姑仙女さんの話だったはずですが、ほとんど田中玲さんの話になってしまいました。麻姑さんて人に会ってみたいものです。

ではまた。